毘沙門天

2000/04/04  


高校は中退して、土方(建築業)の手伝いをしながらその日その日を楽しく暮らしていた頃の話です。

町には、同じ様な境遇の仲間が多数いて仕事が終わってからや雨の日などは、アパートに5,6人集まって酒を飲んだりシンナーを吸ったりと良からぬ事を繰り返していました。
そんなある日、いつものように

「おい、今日はいい”純トロ”がはいったからお前のアパートでやろうぜ。」

その夜、仲間の一人がシンナーを持ってきました。 いつもの仲間、6人で始めます。みんないい気持ちになていると、

「お前のベットの後ろに女がいる」
「そんなの居ないよ」

とか幻覚を見るようになっていました。 すると、一人が、

「日本刀を持った、鬼が居る」

とトイレの方を指さします。
居る訳がないので半信半疑で見てみました。

「あっ、居る。」

思わず叫ぶと、みんなは一斉にその方を見ました。

そこには目がつり上がり口が耳の方まで裂け右手に日本刀を持った男が立っていました。全員呆気にとられ暫くまんじりともせずその男を凝視していました。
暫くして、一人が部屋から逃げ出すと全員が部屋から逃げようとしました。すると、

「待てぇ」

初めてその男は言葉を発しました。その声は、雷のように物凄音響で、日本刀を振りかざし追いかけてきます。
何分か逃げ回りましたが、一番最後を走っていた一人が追いつかれ左腕を切られました。その瞬間、仲間の1人は倒れ込んでしまいました。
”日本刀を持った男”は倒れている奴に日本刀を振りかざしています。その光景に気が付いた自分たちは、

「ごめんなさい。ごめんなさい。」

と何故か分かりませんが”日本刀を持った男”に向かって何度も何度も謝っていました。すると、”日本刀を持った男”は煙の様に消えてしまいました。

倒れて半べそ状態になっている仲間のとこまで戻って、

「大丈夫か」

と訪ねると

「痛てぇ、痛てぇ。」

と言って左腕を押さえています。その部分の衣服は丁度刃物で”スパッ”と切られたようになっていて、地肌はミミズ腫れの様になっていました。だが、不思議と一滴の血も出ていませんでした。

アパートに戻って、

「夢かな?」
「馬鹿言うな、俺の腕見て見ろよ」

と夢では無いのは確かです。

「丁度あそこにいたんだよな」

とトイレのそばまで行くと近くの壁にお寺で貰った毘沙門天のお札が貼ってありました。

「この毘沙門さんと似てねぇか」

みんなで、そのお札を見て

「似てる、似てる。毘沙門さんが怒ったんだぜ」

と全員で、納得し反省しました。

シンナーはその後も止められませんでしたが、”日本刀を持った男”が再び現れることは有りませんでした。

ここで、シンナーによる幻覚と思われる方もいると思いますが、シンナーによる幻覚は個人に対してものなので6人全員同じ体験をすることはあり得ません。
集団心理によるものだとしても、全員が思い浮かべている”日本刀を持った男”の容姿、ましてや、衣服越しに日本刀で切られた跡などを考慮すると、到底、心理学的に説明できるものではないと思います。