セーラム・ライト

2002/11/26


この話をする前に、ふたつ、お知らせしておきます。
この話は、“金縛り”といわれる現象にまつわる、ありふれた話です。
もうひとつ、私は“超常現象”や“幽霊”を信じません。
・・・・・・昨日の昼間と、つい一時間前の話です。

映像の仕事をしている私は、連日の睡眠不足と栄養ドリンクの飲みすぎで朦朧とした 意識の中、前方を行くトラックのテールランプを睨みつけながら、中央高速道を 下っていました。
左手を、国立府中の出口標識が通り過ぎていきます。
時折襲いくる猛烈な睡魔は、

「このまま眠れるなら死んでもいい・・・」

かつて経験したことがないほどのものでした。
石川パーキングエリアまで2キロの標識。
突然、脳髄が揺れるようなクラクション。
前方を走っていたはずのトラックが、右隣に。

限界。 

死を予感して、全身に汗が噴きだす。
あと2キロ。 
永遠とも思える距離。
サイドミラーを確認もせずに、車を路側帯に停車。

「・・・ねむりたい・・・」

それだけ。

・・・・・・しゅっ・・・・・・

かすかなライターをする音に遅れて、メンソールのやわらかいタバコの香り。
まぶたを閉じたまま、周囲の明るさを確認します。
天気の良い、秋の午後。 
まだ、数分と眠っていなかったようです。
愛煙家の私の特技でした。

「・・・セーラムライト」

声に出したかどうかは覚えていません。 
確かにセーラムライトの香りです。
自分独りしかいない、ドアをロックしたままの車内。
わたしは“超常現象”や“幽霊”を信じません。

金縛り。 

体が重く、まるで力が入らないのです。
よく聞くような“押さえつけられている”状態ではなく、 痺れた足にどうにも力が入らず、まるで自分の体ではない、そんな感覚。
・・・・・・ふぅ・・・・・・
不意に恐怖を感じました。 
男の人が肺を満たした煙を吐きだす音。
まぶただけはためらいなく開くことができました。
フロントガラスの向こう、雲の浮かぶ青空の下、制限速度を越えて走り去る車たち。
目の前を、セーラムライトの紫煙が流れています。 ・・・・・・・・・・・・・・・ 微かに動く指先で、ハンドルを叩きました。
何をするつもりもありません。 
ただ、自分が目を覚ましている実感がほしかっただけ。
・・・・・・ふ・・・・・・
唐突に、体の自由が戻ったのを感じ、クラクションを叩き押します。
ドアを跳ね開け、後続車を気にもとめず、車外に飛び出しました。
秋風が全身の汗を覚ましていくのを感じながら、後部座席を振り返ります。
もちろん、そこに男の人がいる筈はなく、間違いなく、 ドアは内側からロックされているのでした。

不思議なもので、原因不明の恐怖から開放された途端、 高ぶった感情は怒りに変わりました。

「ばかばかしぃッ!」

会社に戻り、その話題でひとしきり盛り上がった次第です。
興味にかられた部下が後部座席の灰皿から、セーラムライトの吸殻を発見した事も、 大いに話を盛り上がらせた要因でした。
怖がり、耳をふさぐ女子社員。
この吸殻発見の話は、ライターが発見されなかったことで、部下の創作として終結し ました。
嘘つき呼ばわりされた部下は悔し紛れに、セーラムライトを一箱、買いに行きました。
試しにしばらくの間、後部座席に置いておいてください、そういうのです。

以上が、つい昨日の出来事です。
一時間前・・・・・・。
曇り空。 
今朝は寒いですね。
マンションに併設されている駐車場まで足を運んだのは、ノートパソコンを取りに 行ったためです。
今日が日曜日であることを思い出し、インターネットを楽しむべく、 いつも車に積んだままのゼロハリバートンのアタッシュケースを、トランクから引き 出しました。
犬の散歩にきていたのでしょう、マンションの大家さんと当り障りのない会話を交わし、 部屋に戻ろうとしたその時、気になってしまいました。 

「・・・・・・くだらない・・・・・・」

タバコの箱を渡されたのは帰りがけ、後部座席に置いたのは自分、 カギを持っているのも自分だけ。
後部座席のセーラムライトが開封されていました。
灰皿には一本の吸殻。
運転席をスライドさせるとその下に、ピンクの百円ライターが落ちています。
“二番館” なんですか“二番館”て! 誰か教えてください! 
ピンクの使い捨てライターに黒い明朝体で“二番館”!!!

わたしは“超常現象”や“幽霊”なんて信じない!!!
イッタイコレハナンナンデスカ?!
車は今年の2月に購入した新車のBMW528iです! 

私はどうすれば良いんですか?!


<ストロボさん>