先生

2000/12/15


心から信頼出来る友人を、あなたは何人挙げられますか?
私には、心の底から、嘘偽りなく、信頼出来るといい切れる友人はそんなに多くいた方ではありませんでした。
特に学生 時代は。  

当時14歳の中学生だった私には、誰にでも胸を張って

「あ の人はいい人だ。」

と言い切れる人は数えるほどしかいませんでしたが(どなたでもそうかもしれませんが)、その中に私が最も 信頼していた人に、担任の先生だったFさんという40代の女性 がいました。
F先生は常に、どんな時でも生徒と明るく接して、そ して常に誠実さを失いませんでした。
少しでも様子がおかしいと思った生徒には、自ら積極的に相談に乗ったり、勉強のすすま ない生徒には、授業が終ってから、家庭訪問して夜遅くまで勉強 を教えたり、かと思えば休み時間には生徒と一緒になってスポーツにこうじる、というような、教師の模範のような先生でした。

私が最も印象に残っているのは、授業中、私が居眠りをしてしまった時です。
先生は教壇から、うつむいて居眠りをしている私に近 付いてきて、

「何かあったの?」

と聞いてきたのです。
私は、ハッと して先生を見て、

「いえ、何も」

と答えました。すると先生はポケット から飴を出して、

「これなめてみて。すっきりするわよ」

と言ったのです。
そしてその後、先生は

「新聞配達、先生やってあげようか?」

と言っ てくれたのです。
というのも、実は私は母子家庭で、私が新聞配達 を母と交代でやっているということを、先生は知っていたからです。
私はその一言を耳にした途端、あふれるばかりのうれしさを隠すことが出来ませんでした。

しかし・・・事件は起きました。
放課後、掃除の時間にある生徒が悪ふざけをしていたのです。
私も その場にいましたが、そのグループをただ黙って見ていただけでした。
そして、その悪ふざけを見たF先生が、

「こらこら。掃除まじめにやらな いと次は便所掃除よ」

と、ちょっと冗談のように言うと、悪ふざけグルー プは笑い出して、それは勘弁だよ先生、とか何とか言って、再び掃除 を始めました。
その時です。
私は、あ然としました。
自分の目を疑いました。
ほうきを持って笑いながら掃除を始めだしたその生徒たちを、F先生は今まで見せたこともないような、ものすごい形相で睨みつけていたのです。
彼らはそんな先生の姿に気付きません。
先生の目は怒りに満ち、口もキッと無一文字に結んでいました。
私が愕然とその先生の顔を凝視していると、先生は私の視線に気付き、 ふっ、ともとの顔に戻りました。
そして何もなかったように、教室を出て行ったのです。
私はなぜか先生の後を追いたくなりました。

「先生、どうしたの?」

と聞きたくなりました。
すると、廊下を歩いていた先生は、突然理科室に入って行きました。
私もその後にゆっくり続きました。
先生は、机の陰に隠れてしゃがみこみ、

「殺すぞ・・殺すぞ・・殺すぞ・・ 」

と噛み殺したような声で一人つぶやいていたのです。
私は、理科室の入り口のドアのところでそれを震えながら見ていました。
続いて先生は、突然

「クックックッ」

と笑い出し、

「だめよ、先生、そんなことでおこっちゃぁー」
「クックッ。殺してやろうか?どうしようか?我慢ならないんだよ。」
「だめねぇー先生。どうでもいいじゃない。」

先生は1人でしゃべっていました。

私はその場をあとにしました。
いつもと変わらない先生の授業を受けながら、私はF先生の顔を二度とまともに見ることが出来ませんでした。

あなたは、心から信頼出来ると言い切れる人を何人挙げられますか?


<misuzuさん>